第一部 武田 明編 36~70話(47K)

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底本の書名    全国昔話資料集成 32 東讃岐昔話集 香川
 底本の編集者名 武田 明 谷原博信

    責任編集 臼田甚五郎
         関 敬吾
         野村純一
         三谷栄一
    装幀   安野光雅

  底本の発行者  岩崎徹太
 底本の発行日  1979年10月5日
入力者名     松本濱一
校正者名     平松伝造
入力に関する注記
 文字コードにない文字は『大漢和辞典』(諸橋轍次著 大修館書店刊)の文字番号を付した。

登録日   2003年3月20日
      


三六 軽業師と手品師と歯医者
 昔、軽業師と手品師と歯医者が一緒の時に死んだ。それであの世へ行く時に連れになった。連れ立って行く途中で、「お前は何なら」と言うと、「わしは軽業師じゃ」「わしは手品師じゃ」「い
やわしは歯医者じゃ」と言うて、三人で仲好う行くことにした。
 ほいで行きよったら、「お前らはこの世で悪いことばっかりしよったけに、こっちへ行け」と言うて行きよったら、閻魔さんがいた。そこで「閻魔さん、ちょっとだけでええけに、その着物とわ
しの着物ととりかえてくれ」と言うて、手品師が閻魔さんの着物を着て、閻魔さんには今まで自分の着とった死人の着物を着せたそうな。そるとそこへドドドドと音がして車が来て、「さきの世か
らの迎えじゃ」と言うた。
 そこで、この者を連れて行けと手品師が言うと、閻魔さまは違うぞ違うぞ言うたが、とうどうさきの世へ連れて行かれてしもうた。

―79―

 閻魔さまはさきの世へ行くと、「わしはだまされて来た。わしは閻魔じゃ。早ようもどせ」と言うて、閻魔さまはもとのところへ戻って来た。閻魔さんは大層怒って、「三人を地獄の釜の中へ入
れてしまえ」と言うた。釜の中で焚いてやると言うて、赤鬼や青鬼がいっぱい出て来て、ぐたぐたとわいとる釜の中へ「三人とも入れ」と言うた。
 はじめに手品師が褌を外して中へ入った。すると湯がわきよるのに中へ入って洗いよる。それは手品師が手でさわると、今までゴトゴトとわいとった湯がぬるうになったからじゃ。そこで三人は
湯に入ってよい気持でいた。
 赤鬼も青鬼もこりゃ仕方がない。もう先へ渡せと言うて三人をさきへ渡してしもうた。
 さきには針の山があった。 針の山を通らないかんのでこりゃ困ったことと思うとると、軽業師が、「こんなことはわけはないことじゃ」と言うて、針の間をちょっちょっちょっと渡って見せて
「こいやにして渡って来い」と言うので、あとの二人も軽業師の言うようにして渡って行った。「こりゃもうしようがない。お前らは向うへ行て赤鬼さんに食べてもらえ」と言うた。
 そいで三人が行くと赤鬼さんがいて、三人を食べようとした。すると歯医者が、「わしが一番さきに食べてもろうてやる」と言うて口の中へ入ろうとした。一升びんくらいの大きい歯が生えとる
ので、歯医者が「どうせわしらはお前に食べられて死ぬのじゃからどれどれ撫でさせてくれ」と言うて歯を撫でると薬をつけたので、歯がみんなぼろぼろと落ちてしもうた。そこであとの二人も赤

―80―

鬼の口の中に入って三人で腹まで行てゴトゴトとあばれまわるので、呑むには呑めんし食うには食えんしするので、赤鬼は困ってしもうてみんな吐き出してしもうた。「これはもうしようがないわ、
地獄へ置いとくわけにはいかん」と言うて、三人は極楽へ行くことになった。
 極楽へやったら耳ばっかり積んどるところがあるし、舌ばっかりを積んどるところがあった。舌ばっかり積んであるのは、前の世で口でうまいことばっかり言うので舌を積んどるのじゃった。そ
れが数の子を積んどるようじゃった。
三人はその舌ばっかり積んどるところへ来たので、「わしらはどこへ座っとったらええのか」ときくと、「お前らの座っとるところは無いぞ。お前らはもともと悪い奴じゃから極楽の奥の方と言う
わけにはいかん。ここらへんの掃除当番でもしておれ」と言うて、三人は極楽の入口の方の掃除当番になったそうな。                            (木村ハルエ)

三七 継子と味噌豆
 昔あるところにお父さんとお母さんと子供が二人あった。
 大きい子は継子で、次の子はあとのお母さんの子じゃった。お母さんもはじめは継子を大事に大事に育てとったが、やっぱり本子にあとを取らせようと思うとった。

―81―

 お父さんは職人で半年ぐらい家をあけることになった。継母はその間に継子を殺そうと思うて、味噌豆を炊く時にその中に入れて殺そうとした。
 そいで味噌豆を炊いとるときにお父さんがもどって来た。
「何炊きよるんじゃ」とお父さんが言うと、
「味噌豆を炊きよるんじゃ」とお母さんが言うた。お父さんは、
「わしゃ、味噌豆が好きなんじゃ」と言うと、
「まだ煮えとらん」と言うた。そこで嫁さんが便所へ行とる間に、味噌豆を炊いとる大釜の蓋をあけた。すると味噌豆の中で継子は炊かれとった。そこでお父さんはすぐに嫁さんを殺してしもうた
そうな。                                 (木村ハルエ)

三八 姑とぼた餅
 昔あるところに嫁と姑があったそうな。
 姑がようけぼた餅をこしらえて仏壇の中にかくして、「嫁が見たら蛙になれ」と言うて出かけたそうな。それをこっそりと嫁が見とったそうな。
 そいで姑が出て行くと仏壇の中のぼた餅をムシャムシャと食べて、そのかわりに蛙を中へいっぱ

―82―

い入れとったそうな。
 姑は帰って来て仏壇をあけてぼた餅を食べようとすると、蛙が出て来てとびまわった。姑は、
「ぼたよ、ぼたよ、跳ぶなよ、跳ぶなよ。ばばあじゃが、ばばあじゃが。黄な粉が落ちるが、落ちるが」と言うて蛙をムシャムシャと食べよったそうな。            (木村ハルエ)

三九 姑と嫁
 昔々、嫁さんと姑の仲の悪い家があった。
 嫁が里へ行くと姑は、「おや腹七日じゃ」と言うて七日間は何も食べさせなんだ。そこで嫁の方も姑が娘のところへ行くと、「お母さん、お母さん、子腹は九日じゃ」と言うて、九日の間は何も
食べさせぬ。そこで姑は、「わたしが悪かった」と言うて詫びたので、それからは仲がようなったそうな。                                 (木村ハルエ)

四〇 一寸法師
 昔々、一寸法師と娘とが連れ立って山へ行った。鬼が出て来て娘さんをかたいで行こうとした。

―83―

一寸法師が鬼の足の裏を針で突くと、鬼は痛いので娘さんをほっといて逃げてしまう。そこで二人で歩いているうちに一寸法師はいつの間にか道に迷ってしもうた。
 娘さんが一人で行くとまた鬼が出て来て、娘さんを引っぱって鬼の岩屋に連れて行った。

 鬼は娘さんを大釜の中に入れて炊こうとして火をつけた。ところが鬼は睡くなって眠りこんでしまう。娘さんは釜の中から逃げ出していると、そこへ目の悪い鬼が帰って来た。
 そこで娘さんは鬼にめぐすりをさして上げると言うて、水飴のとかしたのを鬼の目にさしてやった。鬼は痛い痛いと言うが、しばらくすると治ると言っておいた。大勢の鬼が帰って来たが、どの
鬼も目が悪いので水飴をさしてやった。そこで岩屋から逃げようとしたが、戸締りが厳重なので逃げることが出来ない。
 鬼は娘さんにだまされたのに気がついて娘さんを追いまわそうとするが、みんな目が見えないので、あっちで突きあたったり、こっちで突きあたって、娘さんをなかなか捕えることが出来ないで
いた。娘さんがひょっと見ると、打出の小槌が忘れてあった。しかし重いのでなかなか持ち上げることが出来ないでいた。そこへ一寸法師が娘さんをたずねてやって来て、穴の間から入って来た。
そこで打出の小槌を一寸法師と一緒にやっと持ち上げて、 「一寸法師よ、大きくなれ」 と一振りふり、二振りふると、一寸法師は大きな立派な男になった。そこで二人で連れだって帰り、一寸法
師はその娘さんの聟になって打出の小槌を持って二人で暮したそうな。

―84―

 なお、目が見えなくなった鬼が岩屋の中で娘さんを追わいまわったことから、鬼さんこちら、鬼さんこちらの鬼事(ルビ おにごと)あそびが始まったという。         (木村ハルエ)

四一 天道さん金の鎖
 昔、ある所にお母さんと子供二人があった。お母さんが町へ買物に行て二人の子供が留守をしよった。ほいだら山姥が来て、「お母さんが帰ったぞ」と言うたが、声が違うけに、これは山姥に違
いないと思った。そして「指出して見い」と言うた。山姥は指に柴の葉を巻いて出した。つるつるしとるんで、これは山姥でないわ、お母さんだろうと中へ入れた。
 ところが山姥じゃということが分ったので、二人の兄弟は逃げて外へ出た。そしてはね木(はねつるべを吊ってある木)に上った。それを知った山姥は追いかけて来たが、二人の兄弟はどこへ行
ったか分らない。捜していると井戸に二人の影がうつっている。そこで一所懸命に井戸の水をかえはじめた。
 二人の兄弟は、
「天道さん金の鎖」と叫ぶと、天から金の鎖が下って来たので天へ登ることが出来た。(山姥がくされ縄につかまって天に登ろうとした点は欠落している)。(大川郡長尾町亀鶴 佐々庄助〔八十
二歳〕)

―85―

四二 大年の火
 昔はおおつごもりの晩は、くどの火を絶やしてはならんことになっとった。ある分限者に女(ルビ おなご)しがあった。明日は正月じゃのにどうしたもんかくどの火が消えてしもた。この火で
お祝いをせないかんのに困ったと思うて外へ出とると、向うから提灯をつけて葬式がやって来た。この火でも貰わにゃしようがないと思うて、
「火を貸してくれ」と言うと、
「この棺桶を置かしてくれたら貸してやるわい」と言うた。
 そこで、納屋の隅に棺桶を置いといて火を借(ルビ か)った。それから雑煮を炊いてお祝いをしとった。その時に女しが言うことにゃ、
「くどの火が消えとったので葬式の提灯の火を借ってお祝いを炊きました。それで棺桶は納屋の隅に置いてあります」と言うた。すると旦那は、
「それは福の神じゃ。急いで持って来い」と言うて持って来たら中から小判が一杯出て来た。
 旦那は「これはお前が日頃から心掛けがよいからくれたのじゃ」と言うて、お前をうちの子に仕立てて嫁にやると言うて、娘分にしてようけ小判を持たせて嫁にやったそうな。
                                      (佐々庄助)

―86-

四三 難題聟
 昔々、大きい家の娘でも嫁に行く前には、分限者(ルビ ぶげんしゃ)の家に奉公させて行儀の見習いをさせたもんじゃ。
 ある分限者の家に大きい家の娘さんが行儀見習に来とったそうな。その家には下男も大勢おった。そして一人の下男と仲がようになったそうな。
 下男はその女(ルビ おなご)しと一緒になりたいと思うとったのに、女しが置き手紙をしておらんようになってしもうた。その手紙にはこんなことが書いてあったそうな。
  恋しくば訪ねて来い 十七の国 トントン町のその向うに腐らん橋を越えて
  夏葉の出る 冬実のなるその木の下に のどが乾けば湯呑みで茶飲めと書いてあったそうな。
 下男はこれは何のことか分らぬがどうしたらええぞと思うとると、向うから座頭(ルビ ざっと)さんがやって来たそうな。
 そこで下男は座頭さんなら知っとるに違いないと思うて、
「ざっとさん、ざっとさん、十七の国とはどこぞいな」ときくと、

―87―

「十七の国は若狭の国のことじゃ」と言うた。そこで、
「トントン町とはどこぞいな」と言うと、
「それは桶屋町のことじゃ」と言うたそうな。
「腐らん橋とは何じゃいな」と言うと、
「それは石橋じゃ」と言うた。
「夏葉が出て冬に実がなる木とは何じゃいなあ」と言うと、
「それは栴檀(ルビ せんだ)の木じゃ」と言うたそうな。
「のどが乾けば湯呑みで茶飲めと言うのは何じゃいなあ」と言うと、
「それは長者のことじゃ」と言うたそうな。
 そこで下男はその女(ルビ おなご)しの家をたずねて行たそうな。
 行て見ると、それはそれは大けな長者の家じゃったそうな。ここのお嬢さんが女しじゃったのかと思うてびっくりしてしもうたそうな。
 あんまり大きい家じゃけに近寄ることも出来ん。そこで頼んで風呂焚きにしてもろうたそうな。
 日に日に風呂を焚いて灰まみれになっておったが、お嬢さんが嫁に行くことになったそうな。そこで頼んで、嫁にゆくときの駕籠を舁(ルビ か)く役にしてもらおうと思うたそうな。
「お嬢さんがゆくのにわしに片棒かかしてくれ」と言うと、

―88―

「おらが後になるけにお前は前になれ」と言うて前棒をかくことになったそうな。
 そして、かたいで行きかけたところが、ここぞとばかりに、
「十七の国はどっこいしょ」と言うた。それから、
「トントン町はどっこいしょ」と言うて、今度は、
「腐らん橋はどっこいしょ」と言うたそうな。
 お嬢さんはそれを中で聞いとって、ああ、あの男がわざわざたずねて来てくれたということを知ったそうな。それで、
 わたしはこの男のところへ嫁にゆこうと思うて、「俄かに腹がこわるけにもう嫁にはゆかぬ」と言うたそうな。そこで嫁入りの行列はあわてて引き返したそうな。
 旦那はお嬢さんにせんぶりを服(ルビ の)ますことにしたそうな。皆はせんぶりを煎じてお嬢さんに服ましたが、お嬢さんは誰のせんぶりを服んでも苦(ルビ にが)いと言うて服もうとせぬ。次
から次と皆が服ますが一向にらちがあかぬ。一番しまいには風呂焚きの番になったそうな。するとお嬢さんははじめてこのせんぶりは甘いと言うて飲んだそうな。
 そこで、旦那は風呂焚きでは困ったことじゃと思うたが、風呂焚きの家ももとは大きい家じゃったので、とうどう聟にしたそうな。

―89―

 この話はもう一つの話し方として、使用人を全部ならべてお嬢さんがせんぶりをすすめる。誰もみんなが苦いと言うたのに風呂焚きだけが甘いと言ったので風呂焚きを聟にしたというのである。
                                      (佐々庄助)

四四 蛙の報恩
 昔、ある所に分限者があった。お嬢さんがあったが、乳母がある日のこと庭でおしっこをさっしょった。ほいたところが、 蛇が出て来てな、 蛇がお嬢さんに惚れたそうな。それで蛇が袴(ルビ
 はかま)をはいてお嬢さんのところへ通うて来た。
 そこでお嬢さんが乳母に、ゆうべこうこうで袴をはいた男が泊りに来たと言うた。
 乳母が針に長い糸をつけて袴に刺したらよいと教えたそうな。その晩も来たので乳母の言うとおりに袴に長い糸をつけた針を刺した。
 そいであくる日になって見ると、糸は庭の石垣の間に入っとったそうな。ほいで蛇じゃと言うことになった。そのあくる日は虚無(ルビ こむ)僧が来た。虚無僧はそいで、「もしも蛇の子をはら
んどったら三月節供の桃の花酒を飲んだらよい」と言うた。それだけ言うと虚無僧は蛙になってとんで行てしもうたそうな。そこで言われたとおりにすると、蛇の子がいっぱい降りたそうな。

―90―

 その虚無僧はお嬢さんにおしっこさす時に蛙がおったけど、蛙にかけてはいかぬと言うて乳母がかけなんだ。その恩返しに来たのじゃと言う。                 (佐々庄助)

四五 西行ばなし
 1 昨日のけむり
 昔、西行法師は歌を詠んで方々を歩いとった。
 ある時に墓場の傍を通りかかると、死人を焼いているのか煙が上っていた。そこで西行法師は、
  昨日の煙に 今日の煙 明日の煙に誰がいくらむと歌を詠んだ。
 西行法師はその翌日もその墓場の傍を通りかかった。すると今日も墓場の中から煙が上っていた。西行がそれを眺めていると、誰の声かわからぬが墓場の中で、
昨日の煙に 今日の煙 眺めて通る人は何時までかと言う歌が聞えて来た。
 それから西行法師は歌をやめて坊さんになったそうな。

―91―

 2 熱田の宮
 昔、西行法師が夏の日に熱田の宮まで来た。暑いので宮の境内で休んでいるうちに寝入ってしまった。しばらくして眼をさましたが、涼しい風が吹いて来た。
 そこで西行は、
  ここは涼しい宮なのに熱田の宮とは誰が言うらん
と歌を詠んだ。するとお宮さんの中から一人のお姫さんが出て来た。そこで西行法師はお姫さんにむかって、
  豆腐のかどにけつまづき こんにゃく背骨がうちこんで それにつける薬はないかいなあ
と歌を詠んだ。するとお姫さんは、
  夏降る雪を胸につけこんで それをつけたらなおります
と歌を詠んだ。そこで西行法師は負けてしもうた。

 3 七瀬川
 昔、西行法師が七瀬川を渡りよった。すると、馬子が馬をひいて川を渡ろうとした。そこで西行が、
  ななせがわとは言うけれど 馬子が馬ひきやせわたる

―92―

と歌を詠んで、やせている馬子をからかった。
 馬子はそれを聞くと、
  ななせがわとは言うけれど 遍路がこがし(おちらし)でむせわたる
と歌を詠んだ。乞食坊主のような西行がこがしをもらって食べているのでむせていると西行をからかった。そいで西行はまたも負けてしもうた。                 (佐々庄助)
  こうした話を「西行の一口(ルビ ひとくち)もん」とよんでいるそうである。

四六 皿々山
 昔々、ある所に一軒の家があった。お母さんが死んでから次のお母さんが来た。あとのお母さんにも女の子が出来た。
 何年かして、殿様がそこへ来た。殿様は姉の継子の方が大層気に入った。殿様は帰りがけに、
「今度来る時はその娘を嫁にもらう」と言って去った。
 それからしばらくして殿様はまたやって来た。そして「娘を嫁にするから連れて来い」と言った。
 継母はわが子を嫁にしてもらおうと思って、わが子にきれいな着物を着せて殿様の前に出した。

―93―

殿様が「この娘は違う」と言うと、継母は「うちにはこの子以外に娘はいない」と言った。「そんな筈は無い」と殿様が言うと、継母はしぶしぶ姉娘の方を出した。姉娘は汚ない着物を着ていてみ
すぼらしかった。
 殿様は家来に盆を持って来させて、その上に塩を盛り松の小枝を一本さした。そして「これを見て歌を詠め」と言った。はじめに姉の方が、
  盆皿や 皿々山に雪降りて 雪を根として育つ松かな
と歌を詠んだ。
 妹娘の方はきれいな着物を着て出て来たが、
  盆の上に皿 皿の上に塩 塩の上に松の木が一本
と歌を作った。そこでとうとう継娘の方が殿様の嫁さんになった。        (佐々庄助)

四七 女房の福分
 昔、あるところに一人の男があった。用があってよそへ行っていたが、帰りがおそくなったので日が暮れてしもうた。 幸いなことに一軒のお堂があったので、 その中に入って夜を明かそうとし
た。

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 夜が更けてから何か声がするので聞いて見ると、「今夜この下の村の何の何兵衛のところにお産があるので一緒にお産を見に行かぬか」と言っている。するとお堂の中から、「今夜はお客さんが
あるけに行けぬから、お前一人で行って来てくれ」と言う声がした。男はうつらうつらと聞いていたが、「それではわしが行って来るわ」と言って、訪ねて来た者は出かけて行ってしまった。
 そのうちに先の者が立ち寄って、「何の何兵衛の家では男の子が生れたが、 丸々と太った子じゃ。ところがブニ(福分)がない。もう一人橋の下の乞食にも女の子が出来たが、この子はようけブニを
持って生れて来とる」と話をしとる。「あの二人を夫婦にすれば丁度よいわ」と言うと来ていた者は帰ってしもうた。その時に男はひょっと気がついた。何の何兵衛というのはわがことではないか、
わしの家でももうそろそろ子供が生れる頃じゃと気がついた。
 そこで急いでわが家へもどって来ると、男の子が生れとる。さてはあのお堂で聞いたのは本当のことかと思って、 今度は橋の下へ行って見ると、ここには乞食に女の子が生れとった。これはお堂
の中で聞いた話とそっくりじゃ。うちの子とこの乞食の子とをいいなづけにしたらよかろうと思うて、しばらくたってから橋の下へ行て、「大きくなったら嫁にくれ」と頼みこんだ。 乞食の方では
びっくりしたが、喜んで承知した。
 それから何年かたって、いよいよ約束のとおり乞食の娘は男の家へ嫁に行った。 その嫁が来てからというもの、 男の家では運が開けたのか次第に身代がようなって来た。しかし男は嫁のブニのお

―95―

かげで金まわりがよくなったのに少しも気がつかないでいた。
 ある日のこと嫁にむかって
「よその嫁は今日は里帰りをしてくる。明日はおばさんの所へ行て来ると言うて、行くところがようけあるが、お前はどこの馬の骨かわからぬけにどこにも行くところがない。そんな嫁は家の恥じ
ゃけに、どこへなりと出て行てくれ」と言うて、とうどう嫁を追い出してしもうたそうな。そこで嫁は今さらどこというあても無いのでとぼとぼと歩いて町の方へ行たそうな。
 その町にある商売人の家で妻をなくして困っとる家があった。人の世話でそこの家の後ぞいになった。ところがその嫁が来てからは商売が大層繁昌して見る見るうちにお金がたくさん出来た。
 はじめの男の家では、嫁が帰ってからは見よるまに貧乏してしもうて、 男は門立(ルビ かどたち)(乞食)になって、その日その日の食べるものにも難渋するようになった。そこで毎日毎日袋を持っ
て方々の家へ物貰いに行とった。
 ある日のこと、夫が留守の間にさきの嫁の家とは知らずにその男が袋を持ってカドタチにやって来たそうな。
 女はよく見ると前の夫じゃ。今はカドタチになったのかと哀れに思うたので、夫が留守なのを幸いに三升の小判を袋の中に入れてやったそうな。 そいでこの小判さえあれば何の不自由もなく暮せる
と思うとった。

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 男は大きい家の内儀さんから小判を貰ったので不思議に思うたが、別に気もつかずにわが家の方へとぼとぼと歩いて帰った。ところがその袋の底には穴があいとったので、三升の小判はつぎから
つぎと落ちてしもうた。
 商人の夫はその家の商売も終わったので家に帰ろうとすると、 道に小判がようけ落ちとるので、それを拾い集めてわが家へともどって来た。そこでそのことを妻に話してはかって見ると、丁度三
升あった。そこで妻はこれは前の夫が落としたのに違いないと思うた。ブニの無い者はどうしてもしようがない者じゃ。          (大川郡長屋町前の川星越 軒原さつき〔七六歳〕)

四八 虻と手斧
 昔、一人の六部が大きい笠をかぶり鉦をたたいて山ん中の村へやって来た。
 ある家へ来ると、そこでは一人の男が竹をけずっていた。すると六部はこの者は虻(ルビ あぶ)に命を取られると言うた。
 案の定、夕方頃のなってどこからともなく虻が飛んで来た。そしてその男の背中にとまろうとした。男は持っていた手斧で追いはらおうとしたが、過ってわが背中の手斧があたって、そのために
死んでしもうたそうな。                          (軒原さつき)

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四九 炭焼長者
  昔々、奥山の炭焼がおやま女郎を買いに行った。炭焼ぐらいする人じゃけに汚ない褌をからげて、そこへお金を包んで行とったそうな。おやま女郎が出て来て、「こんな汚ない茶ガラで煮しめ
たような褌は放ってしまいなさい」と言うて、その褌を二階から下へ放ってしもうたそうな。炭焼は「こりゃしもうた。あの中には女郎を買おうと思って、一分銀や二分銀のお金が入っとるのに」
と言うたそうな。すると女郎は向うから小判を出して来て、「これで女郎を買えばよいが」と言うた。
  炭焼は小判を見ると、「何じゃ。こんな小判ならおらが炭がまのところには何ぼでもある」と言うた。
  そこでおやま女郎はそれじゃ一緒に行こうと言って、炭焼がまのところに行くと、小判が一杯あったそうな。そこで二人はその小判をもとでにして商売をして、大きい長者になったそうな。
                                     (軒原さつき)

―98―

五〇 桂洞法印さん
 昔、阿波から山越えをして一人の坊さんがやって来たそうな。
村へ入って来ると、もう晩げじゃったので、どこかで泊ろうと思うた。泊めてくれと言うても、どこにも泊めてくれるところがないので、困っていると一軒の空家があったそうな。そこへ泊ろうと
すると、村の人は「あそこは泊ってはいかぬ。今まで泊った人は生きていたためしがない」と言うた。
 それでもその乞食坊主はそこへ泊ったそうな。あくる朝になって村の人が、もうあの坊さんは死んどるに違いないと思うとると、坊さんは生きとる。こりゃ不思議じゃ。今まで泊った人はたいて
い死んどるのにと思うて、「何ぞ変ったことはないか」ときくと、「何にも変ったことは無い」と言うたそうな。そして今晩も泊めてくれと言うて都合三晩も泊ってしもうたそうな。
 今まで泊った人はみんな死んどるのにあまり不思議なので、「また何ぞ変ったことはないか」ときくと、「別に変ったことはないが、夜が来ると、サイコヅチやら山鳥のふるからやらナンジョウ
ゲというものがようけ出て来たが、お経でみんな伏せてしもうた」と言うたそうな。そしてこの家に置いてくれと言うてしばらくおったそうな。

―99―

 これが志度の桂洞法印さんになった坊さんじゃそうな。           (軒原さつき)

五一 舌切り雀
 昔、お爺さんとお婆さんがあったそうな。雀を飼うとった。
 お爺さんがよそへ行た留守に、お婆さんが糊を炊いて洗濯物につけよったら、その雀がその糊を食べてしもうたそうな。そこでお婆さんが怒って、雀の舌を切って山へ飛ばしてやったそうな。
 しばらくしてお爺さんが帰って来ると、お婆さんは、「お爺さん、お爺さん、雀は悪いことするもんじゃ。わたしが糊を炊くとその糊をみんな食べてしもうた」と言うた。
 お爺さんは、「それは可哀想なことをしたもんじゃ」と言うてその雀を山へ捜しに行た。
 山へ行て、よんでよんでよびまわっりょったら、その雀が出て来た。「お爺さん、お爺さん、よう来たなあ」と言うて、雀は大層喜んだ。そして「なんちゃお土産がないけにこの籠をあげるが、
重い方がええか、軽い方がええか」ときいたそうな。そこでお爺さんは、「わしは年寄りじゃけに軽い方がええわ」と言うた。お爺さんは軽い方の籠をもろうて家に持って帰ったら、小判が一杯入
っとったそうな。
 お婆さんは嬉しいので、それをふれまわっとったら、それを隣の爺さんが聞いた。そこで「わし

―100―

もひとつ山へ行てもろて来てやろう」と言うて山へ行て雀をよんでよんでよびまわっりょったら、雀が出て来たそうな。雀は「お爺さんになんちゃお土産がないが、ここに二つの籠がある。重い方
がよいか、軽い方がよいか」と聞いたそうな。お爺さんは初めから重い方をもらおうと思うとったので、「重い方をくれ」と言うたそうな。
 そこで重い方をもろて帰りよった。お爺さんは途中で中に何が入っとるかどうか見とうてしようがない。そこで中をあけて見たら、毒蛇や毒とかげが出て来て、お爺さんをとり巻いてしもうたそ
うな。そこでとうとう欲の深いお爺さんはわが家へもどることが出来なんだ。
                                     (軒原さつき)

五二 取りつくひっつく
 お爺さんとお婆さんとがあったそうな。お爺さんは用事があって町へ行たが、村外れの焼場(火葬場)のところを通らなもどれんのじゃそうな。
 お爺さんは恐ろしい、恐ろしいと思いながら、焼き場の傍を通ってもどっりよったら、焼場の中から、
  取りつこうか、ひっつこうか
という声がしたそうな。お爺さんは恐ろしゅうでしようがないので、わが家へ帰って来てお婆さん

―101―

にその話をしたそうな。
 お婆さんは「お爺さんは臆病な人じゃなあ、取りつくでもひっつくでもせえとどして言わんのじゃ」と言うて、お爺さんに「もう一ぺん行て来てみい」と言うたそうな。
 お爺さんは「お婆さんの言うことももっともなことじゃ」と思うてまた焼場へ行たそうな。
 すると焼場の中から、
  取りつこうか、 ひっつこうか
と言うたそうな。そこでお爺さんは、
「ひっつくなと、取りつくなと、してみい」と言うたそうな。するとお爺さんの体には何が取りついたのか急に体が重うなって何ともしようがない。それでも帰って来てお婆さんに、
「重とうて、重とうて、もどりかねたわい」と言うて、体を見ると金が一杯ひっついとったそうな。これは死人に持たせた六文銭が固まってお爺さんの体にひっついとったんじゃそうな。
 ブニ(幸運)のある人にはそうやってお金がついてくるもんじゃ。       (軒原さつき)

五三 旅に行く人の話
 昔、旅に行く人があったそうな。そこで物知りの人のところへ行て、「旅に行くんじゃが、話を

―102―

聞かしてくれ」と言うた。物知りは、
「宿に着いたら膳が出るけに膳より三尺あとじさりして座れ」と言うたそうな。これはつまらぬことを言う物知りじゃと思うた。そこでその次は何の話かときくと、
「闇夜に提灯ゆるがせない」と言うたそうな。これはまたつまらぬことを教えてくれたもんじゃ。
「その次は何か」ときくと、「もうそれでおしまいじゃ」と言うたそうな。
 男は折角聞きに行たのにつまらぬ話ばっかり聞いたので、ぶつぶつと不平を言いながらわが家へもどって来たそうな。
 あくる日になって男は旅に出たそうな。晩になったので宿屋へ泊った。そこで夕飯のお膳が出たそうな。その時に男は物知りの家で聞いて来た話を思い出して、お膳より三尺しさって座っとった
そうな。するとお膳と自分との間に槍がぬっと突き出て来たそうな。これは危いところじゃった。三尺しさって座っとってよかったと男は思うたそうな。
 あくる朝になって男は宿を出てまた旅をつづけたそうな。日が暮れて来てもまだなかなか向うへは着かぬので歩いとったら、一人の男が出て来て提灯を貸して上げると言うたそうな。そこで提灯
を借りて道を急いどったが、物知りが、
「闇夜の提灯ゆるがせない」と言うたことを思い出した。そこで急いで傍の木に提灯をひっかけてさきへさきへと行くと、しばらくして、ズドンという鉄砲の音がして、提灯は撃たれたそうな。そ

―103―

こで男は命拾いをしてまた旅をつづけて行ったそうな。            (軒原さつき)

五四 おとどい星
 昔もとんとあった。母親と子供二人がこの村のような山の中で暮しとった。
 ある日のこと、母親が用事が出来てよそへ行たそうな。行く時にこのあたりには山姥がおるけに用心せないかんぞと言うて出て行たそうな。
 しばらくして山姥がやって来た。そして、「お母あがもどったぞ」と言うたそうな。二人の兄弟(ルビ おとどい)が戸のすき間から見ると、指がざらざらしとる。そこで、
「うちのお母あの指はそないざらざらしとらんぞ」と言うたそうな。すると山姥は畑へ行て葱を取って来て、指に巻いてまたやって来た。そして、
「お母あが今もどったぞ」と言うた。そこで兄弟(ルビ おとどい)は戸の節穴から手にさわって見ると、今度はすべすべしとった。そこでお母あがもどったと思うて戸をあけたら、中へ山姥が入っ
て来た。
 おとどいはびっくりして急いで外へ逃げて行った。木の上に上って、
「天道さん、金の鎖」と言うた。すると天から金の鎖が降りて来たのでおとどいはそれにすがって天へ登った。

―104―

そいでおとどい星になったそうな。      (大川郡長屋町大多和 松山トリ〔七十八歳〕)

五五 飯食わぬ女房
 昔もとんとあった。ある男がご飯を食べんでよう働く女房が欲しいと思うとったそうな。
 ところがご飯を食べぬ女房がやって来た。飯を食べぬというのにいつの間にかご飯がようけ減る。これは不思議じゃと思うて、男が煙出しのところから見ると、女の髪の毛の中へご飯をすりこんど
ったそうな。それはオジョモじゃったんじゃなあ。              (松山トリ)
  後半は脱落しているが忘れたものらしい。オジョモというのは妖怪のことである。

五六 子づれ幽霊
 昔、身ごもってから八、九月の女の人が死んだそうな。そこでお尻の下へサシゲタ(足駄)を敷いて埋めたそうな。
 その近所に一軒の菓子屋があったそうな。夜もおそうになって来ると、毎晩毎晩女の人がお菓子を買いに来るんじゃそうな。そいで持って来るのは、お金じゃのうて樒(ルビ しきみ)の葉じゃそ
うな。これは不

―105―

思議なことじゃと思うて、ある晩店の人がそのあとをつけて行たそうな。すると女の人は墓のあたりで、姿を消してしもうたそうな。そして子供の泣き声がしたそうな。見ると、墓に大きい穴があ
いとって中で子供が生れとったそうな。
                        (大川郡長尾町譲葉 真鍋もと〔九十歳〕)
  この地方では子育幽霊の昔話は子づれ幽霊とよんでいるそうである。

五七 狐女房
 昔、ある所に若い男があった。山の中を歩いていると狐が苦しんでいた。どこか悪いところでもあるかと思った若者は、介抱してから持っていたご馳走などを与えて立ち去った。
 それからしばらくたって若者の家へきれいな女の人が訪ねて来た。女の人はいつまでたっても帰らないで、とうとう若者の嫁さんになった。そのうちに子供が出来た。
 女に人は不思議なことにいつも帯をとかないので、皆がどうしたことかと思っていた。
 ある時に子供と寝ている時に、子供がふっと見ると、着物の裾から尻尾が出ていた。子供はお父さんに言うたが、お父(ルビ とう)も別にとがめもせずにそのままでいた。
 ところが翌日になって朝起きてみると、お母ぁの姿が見えぬ。障子一面に、
  逢いたくば訪ねて来い

―106―

    しのだの森の池へ逢いに来い
と大きな字で書いてあった。
 そこで、お父と子供が逢いに行くと、池の向うの茂みから白狐が顔だけ出してじっとこっちを見ていたが、向うへ行ってしもうたそうな。
                             (小豆郡池田町神浦 黒島弘子)
  この池は大川郡長尾町にある古い池だという。なお多度津のお婆さんから聞いたという。

五八 笠地蔵
 昔々、お爺さんとお婆さんが住んでいた。貧乏なので毎日毎日働いとった。藁で草履(ルビ ぞうり)を作って大晦日にお爺さんが町へ売りに行った。
 どういうわけかその日に限って草履が一足も売れぬので、お爺さんは困っていた。そこでとぼとぼと家の方へ帰ろうとすると、どこから出て来たのか女の人が出て来た。そして草履と笠とを換え
てくれと言う。そこでお爺さんは女の人の言うとおりに笠と草履を取り換えてしまった。
 お爺さんは笠を持って帰りよると、やがて村外れの墓場のところまで来た。墓の入口には六地蔵がたっていた。そこでお爺さんは六人の地蔵様に一つ一つ笠をかぶらせた。そしてお爺さんは家へ
帰った。

―107―

 お婆さんがお爺さんに草履はどうしたかときくと、売れないでいると、そこへ女の人が来て笠と取り換えてくれた。その笠は六地蔵さんがあんまり寒そうなのでかぶらせて上げたと言うた。お婆
さんはそれはええことをしたなあと言うて、もうおそいので二人は寝ていた。
 ところが夜中になって六人の地蔵さんがお爺さんの家にやって来た。そして金銀や宝物を一杯持って来たのでお爺さんとお婆さんは金持ちになった。              (黒島弘子)
 小豆島福田のお婆さんから聞いたという。

五九 水のものに命を取られた話
 昔々あるところに一軒の金持ちがあった。子供が生れないので子供を欲しい欲しいと思っていると、うまい具合に男の子が生れた。
 ある日一人の拝み屋さんが来て、この子は七つの年に水の者に命を取られると言った。そこで金持ちの家の人は大層心配をしていた。
 やがて七つの年になった。水のそばへはやらずに一日中家の中で遊ばせていたが、水の字をかいたのれんにひっかかって死んだそうな。                    (黒島弘子)

―108―

六〇 よしとくの話
 昔、お母ぁと二人の娘があった。姉の名はよしで、妹の名はとくであった。
 ある日のこと大雨が降って大水が出た。よしととくは大水で流されて分らなくなってしまった。
お母ぁは娘を捜して、
「よしとく、よしとく」とよんでいたが、とうとうよしとくという鳥になってしまった。
                                (小豆島土庄町琴塚の人)
  よしとくはふくろうのこと。

六一 見とおしのそろばん
 昔、ある所に一人の男がおった。貧乏でしようが無いけに、飯を食わぬ嫁が来ればよいのにと思うとった。ところがある日、「私は飯を食わぬけに嫁さんにしてくれ」と言う女の人が訪ねて来た。
そこで嫁さんにしてやったが、どうも米が減って来る。それが僅かのもんじゃない。
 そこでこれは不思議じゃと思うて、ある日、坂出へ買物に行くとうそを言うて屋根に隠れて見と

―109―

ったそうな。ところが嫁は飯をようけ炊いてむすびを握っておのれも食うし、子供もようけ連れて来て、それにも食べさせる。男はそれを見てびっくりしてしもうた。
 夕方になって何食わぬ顔で家へ帰って来るが、 わしは今日坂出の町でええそろばんを買うて来た。「このそろばんをさっと入れたら誰が何をしよったかがすぐにそろばんに出とる」と言うて、
仏壇の前へ行てそろばんを入れた。そして、「お前はご飯をようけ炊いて子供を連れて来て食べさせたじゃろが」と言うた。嫁さんはそれを聞いてすぐにかぶとを脱いでいんでしもうたそうな。そ
こでそろばんで何でも見れるという評判がたって、村だけで無く、その評判は坂出の町にまで知れわたった。
 坂出の町の分限者のお嬢さんが近頃わずろうて困っていた。その評判を聞いてそろばんの先生に診てもらおうと言うて、わざわざその男のところへ駕籠で迎えに来たそうな。困ってしもうたが、
行かぬわけにもいかんので駕籠に乗って行きよったが、こりゃもう逃げるよりしようがないと、途中で山の中でちょっと便所に行くからと言うて駕籠を出てつくなんどった(うずくまっていた)そう
な。ところがそこへ白狐が出て来て、「あれはなんちゃ知らんのに行きよるけん、大きい恥をかくわ。人間はなんちゃ知らんわい。あそこの家の柱三本の下に蛇と蛙となまずが生き埋めになっとる
けにわずろうとるのじゃ」と言うた。
 男はそれを聞いて、これはええ事を聞いたと思うて、また駕籠に乗って坂出の分限者の家まで行

―110―

った。家へ着くと分限者の家では男をすぐに娘の寝ているところへ通した。
 男はそろばんを出してすぐにパチパチと入れて、
「お宅はこの頃に建前(ルビ たちまえ)をしませんか」と言うた。分限者は、
「へえ、タチマエをしました」と言うと、男は、
「三本の柱の下に蛇と蛙となめくじが埋(ルビ い)かっとるけに、それを除けたらよいわ」と言うた。そこで下男に言いつけて三本の柱の下を掘ったら、言うたとおりに、埋かっとった。そこで蛇
はこっち、蛙はあっち、なめくじはそっちとほうってやった。それからは娘の病気はうす紙をはぐようにようなって、間もなく治ってしもうた。
 分限者の娘の病気が治ったというのを聞いて、方々からそろばんの占いに来てくれと言うて頼んで来た。しかし男は、「このそろばんは一回きりであとはきかんのじゃ」と言うて方々の話をこと
わった。分限者の家では娘の聟になってくれと言うたが、それもことわるとお金や米をようけくれたので、それを持って帰って気楽に暮したそうな。
                           (坂出市王越 森本実〔七十八歳〕)

六二 童子丸の話
 昔、大和に八幡の藪という大きな藪があった。今までにその藪の中に入った人は誰もよう出て来

―111―

ぬ。これはどうなっとるのか、誰ぞが入って退治せにゃならぬということになった。そこで阿部の清明という侍が藪の中に入ることになった。
 清明が藪の中に入って行くと、何百年もたった白狐が出て来た。それは古い狐で見るだけでも恐ろしい狐じゃった。
 狐は出て来ると、「どうぞわしの亭主になってくれ」と言うた。清明はどうせわれは命は無いものと思うて来とるのじゃけに、よしよしお前の亭主になってやろう」と言うた。そこで白狐と清明
は一緒に暮すことになった。間もなく男の子が生まれたので童子丸と名をつけた。子供を産むと、白狐はどこへ行ったのか家を出てしもうた。童子丸は利巧な子供で大きくなると、何でも思うとお
りのことが出来るようになった。そこで、
  タチマチ サイナンサルベキモノヲ シラヌコトコソ フビンナレ
と言うて町を歩くと、どこの家からもよばれて、童子丸はみんなの災難をなおしてやった。そこで童子丸はみんなからお金を貰って清明と一緒に安気に暮した。           (森本実)

六三 蛇骨の話
 昔々、日比の町に大きな家の庄屋があった。娘が一人あったが、器量よしで親は大事に育てとっ

―112―

た。年頃の娘になったが、夜さが来るとどこかへ一人で出かけて行く。そして草履をボロボロにしてもどって来るので、親は大層心配しとった。そんなことが日に日につづくので親が娘にそのわけ
をきくと、
「実はわたしはこういう体じゃ」と言うて、体を見せると、体には一杯にうろこがついとった。
「わたしは大槌島へ行てわが住む穴を掘っりょるのじゃ。わたしを大槌島へ送りつけてくだされ」
と言う。親はそれでは娘は蛇体じゃったのかと思うて、船を仕立てて送りつけることにした。
 弁当をようけにこしらえて娘を船に乗せ、召使もついて乗って船を漕いで行たところが、大槌島のそばまで来ると、娘は大蛇になって海の中へとびこんでしもうた。そして泳いで大槌島へ上って
見えぬようになってしもた。そこで船に乗っていた召使も船を漕ぎ返してもどって来た。
 大蛇は大槌島で暮していたが、ある日のこと、大蛇が海の方を見ていると大きな章魚(ルビ たこ)がおった。そこで大蛇はあいつをひとつ食べてやろうと思うて、長い尾でたぐり寄せようとし
た。すると章魚は木に上って足を松に巻いて、大蛇を引っぱろうとした。しかし大蛇の力が強かったので章魚は負けてしもうた。
 それから何年かたって大蛇も死んでしもうた。ある時に米を積んだ船がこの沖を通りかかると、油がいっぱい海に浮いてギラギラと浮いとった。船頭がこれを見つけてこの下には蛇骨があるのじ
ゃと思うた。そこで若衆に海の中をもぐらせたところが、蛇骨がいっぱいあった。そこで船頭は今

―113―

まで積んどった米をみんな海の中へほりこませて、蛇骨を取って船の中へ積みこんだ。そこで大阪へ持って行って売ったので、大きな金になって、船頭は金持になった。       (森本実)
 昔は蛇骨というのは薬になるというので大金で取引きされたのだという。

六四 蛇聟入り
 とんと昔があった。娘が三人ある家があって若い衆が多勢遊びに来よった。ある時に一人の若い衆が娘を嫁にくれと言うた。 お爺さんとお婆さんは、 どうしてもその若い衆は普通の人間ではな
い、蛇に違いないと思うてこれは困ったことになったと思うた。
 そこで三人の娘にお前らは蛇のところへ嫁に行てくれるかと言うと、上の娘と末の娘は承知せんで、中の娘が嫁に行くと言うてくれた。
 そして中の娘はその代りに針千本とてんまる(手まり)を用意していた(くれ)と言うた。そこで、お爺さんとお婆さんはそんなことはしよいことじゃと針千本とてんまるを町から買うて来た。
 すると娘は針千本をてんまるに逆さまにさして待っとった。それからしばらくして蛇が裃を着て迎えに来た。娘は蛇にむかってこう言うた。
「わたしは道を知らんけにあんたが先に行てくだされ」と言うた。

―114―

 そこで蛇がさきにたって歩いて行くと、大きな洞穴があった。蛇はここをくぐりぬけると、広い座敷があると言うて中へ入って行こうとした。娘は、
「私は道が分らぬけに、あんたが洞穴の中で、『来いよう』と大きな声でいがる(叫ぶ)と私が入ってゆく」と言うた。蛇は中へ入ってから大きい声で、
「来いよう」といがった。娘は手に持っていた千本の針を刺したてんまるを穴の中へ投げこんだ。すると蛇の口の中へそれが入って、とうどう蛇は死んでしもうた。村の人があとで行て見ると大蛇
が死んどったそうな。                 (坂出市王越 森本トヨ〔七十歳〕)

六五 チュウザハンの話
 1 上りか下りか
 昔、チュウザハンという男が王越にいたそうな。貧乏人で方々の旦那衆に奉公して暮しとった。ある時に乃生岬の端で一服しとったら沖を船が通りかかった。坂出へ向けて下ってゆく船じゃった。
 チュウザハンは大きい声で船頭をよんだ。何事が起ったかと思うて船頭が合図をすると、チュウザハンは「そこでは話が分らぬけにこっちへ寄ってくれ」と言うた。寄ってくるとチュウザハンは、

―115―

「その船は下りか上りか」 と問うた。 船頭はチュウザハンが分りきったことを問うので腹を立てて、
「下りがわからぬかい」と言うた。するとチュウザハンは、
「上りか下りか知らんが、帆は幟を立てとるじゃないか」と言うた。

 2 グイが食べられるか
 チュウザハンが乃生の旦那はんの家に奉公に行とった時の話じゃ。チュウザハンはご飯の時にどんなおかずを出してもまずいと言うて食べなんだ。そこで女(ルビ おなご)しが心配して旦那に言
うと、
「そのままにしとけ、腹が減ったら何でも食べるわ」と言うた。チュウザハンはそれをこっそりと聞いとった。
 あくる日にチュウザハンは山へ牛の餌の草刈りに行った。そしてグイ(とげ)ばかりある草や木の枝を刈って来て牛にやった。旦那がそれを見つけて、
「グイが食えるか」と言うた。チュウザハンは、
「腹が減ったら何でも食べますわ」と言うたそうな。               (森本実)
  チュウザハンは九州の吉右衛門のような話が多い。非常にたくさんあったと言うから、昔は王越のあたりで盛んに語られていたものらしい。

―116―

 3 木が転ぶ
 チュウザハンがお上(ルビ かみ)の松林の木を伐って薪にして売りよった。村の衆がそれを見つけて、「チュウザハンよ、今にやられるぞ」と言うた。するとチュウザハンは、「わしは木が転ん
で来て困るけに伐っりょるのじゃ」と言うた。しかしそのことが一口二口と伝わって、お上の役人が来て、チュウザハンを捕まえた。チュウザハンをくくって連れて行こうとすると、チュウザハン
は大けな声で、
「早よう帰るけに風呂をわかしとけ」と言うた。それを聞いたチュウザハンの嫁は「引っぱられて行きよるのによくもそんな事が言えたもんじゃ」と言うた。
 チュウザハンは行きよったが、途中で何度も何度も立ちどまるので、役人がチュウザハンの尻をついた。するとチュウザハンはへなへなと座って、「腰が抜けたけにもう行けぬ」と言う。
 そこで役人は仕方がないので、チュウザハンをそこにおいたまま付近の居酒屋へ行て酒を飲んどった。チュウザハンはそれを見つけて、障子の紙につばをつけて穴をあけて、「あんた方はわしを
捕まえに来て酒を飲んどる」と言うて、すたすたと帰ってしもうたという話。    (森本実)

 4 化物とチュウザハン
 チュウザハンが西のうねへ上った。松の木にきれいな女が逆さになって吊されとった。

―117―

 するとチュウザハンが女(ルビ おなご)しの頭をあっちへまわしこっちへまわしていらいまくる(もてあそぶ)。そして「器量はええが、歯が長いのう」と言うていつまでも顔をいろうた。そのう
ちに村の方で鶏が啼いた。娘に化けとった化物は噛んでやろうと思うたが、夜が明けてしもうた。チュウザハンにはかなわぬと言うて、そこらへんがわれるような大きな声を出していんでしもうた。
 チュウザハンは恐ろしいものを知らぬ男じゃったそうな。            (森本実)

六六 山姥の乳
 昔、親子の漁師がいた。夜漁に行て漁もすんだので念仏の鼻(岬)のところで火を焚いて休んどった。そこへ山から一人のお婆さんが降りて来て、
「寒いけに火にあたらせてくれ」と言う。親子は気味が悪いが火にあたらせてやった。親爺がそのお婆さんの風を見ると、どうも山姥のようじゃ。これはうっかりすると食われてしまうと思うたの
で、子供に目くばせして、
「お婆さん、鯛があるんじゃが、一切れ上げるけに待っていな」と言うて、子供を鯛を取りに船のところまでゆかせた。鯛が無いのを親爺は知っているので、子供が「無いわ」と言うてもどって来
ると、「あっちに無ければこっちかな」などと言うて子供に捜させた。そしてそのすきの逃げよう

―118―

としとった。やがて親爺は山姥のすきを見て海の中にとびこんで艫綱(ルビ ともづな)を切って船を沖の方へ押し出した。山姥はそれを見て、「さてはわれをだましたなあ」と言うて、大きな乳を
出して、乳をシュウとしぼり出した。乳が船にかかると、船はたぐりよせられそうになる。山姥は何度も何度もしぼり出すので、船は大揺れに揺れながら山姥の方へ寄ってゆく。もう少しで山姥の
手のとどくところまで行った時に、親爺は庖丁でその乳の糸をこすって切ってしもうた。そこでとうどう助かったそうな。                            (森本実)
  念仏の鼻は海に突き出して山がせまり、木が茂って海面に姿を映している恐ろしいところであるという。
 昔から妖怪が出るところで、この沖を通る時は念仏を唱えながら行ったものだという。

六七 継子のコクバかき
 昔もとんとあった。
 継子と自身子(本子)とがある家があったと。お母さんが二人を山へこくば(松の落葉)かきにやったと。継子には底の抜けた目籠(ルビ めご)を持たせ、自身子にはきれいなメゴを持たせてやった。
二人は山へ行てこくばをかいたが、自身子のメゴはすぐに一杯になったと。自身子が、
「姉さん姉さん、もう帰らんか」と言うと、継子は「まだ一杯にならぬけにわたしは帰らん」と言

―119―

うた。そこで自身子は一人で帰ったと。継子はずんずん先へ先へと行くと、日が暮れてしもうた。谷の奥の方にちらちらと火が見えた。そこで泊めてもらおうと思うて行った。一人のお婆さんがお
ったので、
「宿貸してくれまいか」と言うと、
「ここは鬼のうちじゃが、鬼のうちでもかまわんか」と言うたと。継娘が、
「かまわんわ」と言うと、「それなら泊れ」と言うてくれたと。しばらくしてお婆さんが、
「麦藁三本で飯を炊くか」と言うたと。継娘は炊いて見せると言うて、麦藁三本で上手に飯を炊いたと。お婆さんは大層喜んだと。間もなく鬼が帰って来て、
「人間くさい、人間くさい」と言う。するとお婆さんは、
「人間くさいことがあるもんか。それはそこに掛けてある手拭がにおうんじゃ」と言うたと。そこで鬼は静まって寝てしもうたと。あくる朝が来ると、鬼はどこかへ出て行てしもうたと。
 お婆さんは継娘が麦藁三本で飯を炊いてくれたので、ようけ宝物を娘にやったと。そこで娘は宝物をもろうてわが家へもどって来たと。
 継母はそれを見てもっと宝物が欲しいと思うて、今度は継娘にはきれいなメゴを、自身子にはぼろぼろのメゴを持たせて山へこくばかきにやったと。
 継娘はメゴがすぐに一杯になったので家へもどって来たが、自身子は一杯にならぬので山の奥へ

―120―

歩いて行たと。深い谷の奥にちらちらと火が見えたと。自身子がそこへたずねて行くと、一人のお婆さんがおったと。自身子が泊めてくれと言うとお婆さんは泊めてやったと。お婆さんが、
「麦藁三本でご飯が炊けるか」と言うと、自身子は、
「そんなことはわけもない」と言うたと。そこで炊きにかかったが、どうしても炊けぬ。するとそこへ鬼がもどって来て自身子を食い殺してしもうたと。
  昔まっこうはなまっこう。       (仲多度郡琴南町見合横畑 宮本キヨミ〔八十歳〕)

六八 狐の嫁
 とんと昔もあったと。娘が二人おる家があったと。狐がその家に来て、
「娘を一人嫁にくれ」と言うたと。その家では二人のうちの一人を嫁にやったらあとが一人になってしまうけに、
「嫁にはやらぬわ」と言うたと。すると狐は、
「くれてもくれんでもええ娘じゃけにもろていぬ」と言うた。それでも、
「嫁にやらぬわ」と言うと、狐は怒って村中を荒らしまわったと。そこで村の人が心配して、
「村のためじゃけに娘を嫁にやってくれまいか」と頼んだそうな。そこでその家ではむごいことじ

―121―

ゃけど、とうどう娘を嫁にやったと。
 ところがそれからというものは村の畑がよう実って、その村はどこの村にも負けぬええ村になっ
たと。
 昔まっこうはなまっこう。                         (宮本キヨミ)

六九 継子と自身子
 とんと昔があったと。
 継子と自身子がある家があったと。殿様が来て継子の方を嫁にくれと言うたと。
 継母は自身子を嫁にやりたいので、「自身子なら嫁にやる」と言うたと。殿様は「継子を嫁にもらうのじゃ」と言うて、お駕籠で迎えに来たと。そこで継子がお駕籠に乗ろうとすると、継母は腹
を立てて、
「こっこと失せ」と言うて箒をぶつけたと。すると継子は「ああ、かかさんに掃かれたときが嬉しや」と言うて駕籠に乗って嫁に行てしもうたと。
 昔まっこうはなまっこう。                         (宮本キヨミ)

―122―

七〇 節供の酒
 とんと昔もあったと。
 あるところに娘があったと。蛇が敷居のすきから入って来て、若衆の姿になって娘のところへ通うて来た。それが毎晩毎晩通って来る。
 そのうちに娘の様子が変なので、お母さんが、
「お前、この頃めっそう顔色が悪いがどうしたんじゃ」ときいたと。娘は「この頃男が通うて来るのじゃ」と言うたと。やがて娘のお腹が大きゅうになって来ると、その男は来ぬようになってしも
うたと。お母さんはこれは蛇に違いないと思うて、三月三日の桃の酒と五月五日の菖蒲酒と九月九日の菊の花酒を娘に飲ませたそうな。すると蛇の子が七たらい半も生れたと。
 それじゃけに、女衆は節供の酒を頂かないかんもんじゃと。
 昔まっこうはなまっこう。                         (宮本キヨミ)

―123―