2 西国三十三ケ所

 底本の書名 巡礼と遍路 
 入力者名  今田一恵
 校正者   柳田 強
 入力に関する注記 
   ・文字コードにない文字は『大漢和辞典』(諸橋轍次著 大修館書店刊)の
      文字番号を付した。
   ・JISコード第1・2水準にない旧字は新字におきかえて(#「□」は旧字)
    と表記した。

 登録日   2008年5月8日
      



      

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  2 西国三十三か所

  紀州から大和へ(「紀州から大和へ」は太字)
 
  <第一番 那智山青岸渡寺>
   ふだらくや岸うつなみは三熊野の 那智のお山にひゞく滝つ瀬
   和歌山県東牟婁郡那智勝浦町 本尊如意輪観世音 開基裸形上人 創建推古天皇代(七世
   紀初頭) 第二番へ二〇〇キロ
   奥の院妙法山は、死者の霊が集まると信じられている。そこで弘法大師が死者の霊をあわ
   れんで一宇を建立したという。
  <第二番 紀三井山金剛宝寺>
   ふるさとをはるばるここに紀三井寺 花の都も近くなるらん
   和歌山市紀三井寺町 本尊十一面観世音 開基為光上人 創建宝亀元(七七〇)年 第三
   番へ三二キロ

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   寺の本堂の傍に楊柳水・清浄水・吉祥水の三つの井戸があるので、名づけたという。海に
   面した寺であるから、漁民の信仰があつく船玉さまのお札を出している。
   瀬戸内海の各島の中には船玉さまの御神体は紀三井寺の十一面観世音であるから、船の難
   船の時には白衣を着た一一人の女の人が船から下りるということを伝えているところがあ
   る。
  <第三番 風猛山粉河寺>
   父母のめぐみも深き粉河寺 仏のちかひたのもしのみや
   和歌山県那賀郡粉河町 本尊千手千眼観世音 開基大伴孔子古 創建宝亀元年 第四番へ
   二六キロ「粉河寺縁起」がある。
  <第四番 槇尾山施福寺>
   みやまぢや檜原松原わけゆけば まきのをてらに駒ぞ勇める
   大阪府和泉市 本尊千手観世音 開基行満上人 創建欽明天皇代 第五番へ二八キロ
   『日本霊異記』や『今昔物語』に見えるちぬ(「ちぬ」に傍点)の山寺は当寺のことと
   いわれている。
  <第五番 紫雲山葛井(ルビ ふじい)寺>
   まゐるより頼みをかくる葛井寺 花のうてなに紫の雲
   大阪府藤井寺市藤井寺 本尊十一面千手千眼観世音 開基行基 創建神亀二(七二五)年
   第六番へ三二キロ 
  <第六番 壺坂山南法華寺>

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   岩をたて水をたゝへて壺坂の 庭の砂も浄土なるらん
   奈良県高市郡高取町 本尊千手千眼観世音 開基弁基上人 創建大宝三(七〇三)年 第
    七番へ二〇キロ
   眼の悪い人はこの寺へ参詣するとよくなるという。壺坂霊験記で名高い。
  <第七番 東光山竜蓋寺(岡寺)>
   けさ見ればつゆ岡寺の庭の苔 さながら瑠璃の光なりけり
   奈良県高市郡明日香村岡 本尊如意輪観世音 開基義淵僧正 創建天智二(六六三)年
   第八番へ一五キロ
  <第八番 豊山長谷寺>
   いくたびも参る心は初瀬寺 山も誓ひも深き谷川
   奈良県桜井市初瀬町 本尊十一面観世音 開基徳道上人 創建天平五(七三三)年 第九
   番へ二八キロ
   徳道上人の廟が寺の手前にある。
  <第九番 興福寺南円堂>
   春の日は南円堂にかゞやきて 三笠の山に晴るるうす雲
   奈良市登大路町 本尊不空羂索観世音 開基藤原冬嗣 創建弘仁年間(八一〇~二三年ご
   ろ)第十番へ二八キロ

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  京都周辺(「京都周辺」は太字)

  <第十番 明星山三室戸寺>
   よもすがら月をみむろど分け行けば 宇治の川瀬に立つは白波
   京都府宇治市 本尊千手観世音 開基行表法師 創建宝亀元(七七〇)年 第十一番へ二
   一キロ
  <第十一番 深雪山上醍醐寺>
   逆縁ももらさで救ふ願なれば じゅんてい堂はたのもしきかな
   京都市伏見区 本尊准胝観世音 開基理源大師 創建貞観年間(八五九~七六年ごろ)
   第十二番へ五キロ
   昔から子授けの観音として知られて、今も付近の土地からの参詣者がある。寺は山の上に
   あるが、ここには清らかな醍醐水の泉がある。
  <第十二番 岩間山正法寺>
   みなかみはいづらくなるらん岩間寺 岸うつ波は松風の音
   滋賀県大津市石山内畑 本尊千手観世音 開基泰澄大師 創建養老年間(七一七~二三年
   ごろ) 第十三番へ五キロ
   毎年四月一七日に雷よけの祭がある。これは開基の泰澄がこの寺によく雷が落ちるので雷
   神をとらえてから始まったものだという。また寺には古くから薬風呂があって今もなお湯
   治客がある。

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  <第十三番 石光山石山寺>
   のちの世を願ふ心はかろくとも 仏の誓おもき石山
   大津市石山 本尊二臂如意輪観世音 開基良弁僧正 創建天平勝宝年間(七四九~五六年
   ごろ) 第十四番へ八キロ
   紫式部が『源氏物語』を書いたという伝説の寺である。
  <第十四番 長等山三井寺>
   出で入るや浪間の月は三井寺の 鐘のひゞきに明くるみづうみ
   大津市園城寺町 本尊如意輪観世音 開基智証大師 創建朱雀年間 第十五番へ一二キロ
   金堂の横に三井の霊泉があるが、三井寺の名の起りはこの泉からきているという。
  <第十五番 新那智山観音寺>
   むかしより立つとも知らぬ今熊野 仏のちかひあらたなりけり
   京都市東山区今熊野 本尊十一面観世音 開基弘法大師 創建天長年間(八二四~三三年
   ごろ) 第十六番へ二キロ
   弘法大師が錫杖で岩を突くと清水がわき出たといい、この泉は五智水とよばれ今も残って
   いる。
  <第十六番 音羽山清水寺>
   松風や音羽の滝の清水を むすぶ心はすゞしかるらん
   京都市東山区清水坂 本尊千手観世音 開基延鎮大師 創建延暦一七(七九八)年 第十
   七番へ一

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   キロ
  <第十七番 補陀落山六波羅密寺>
   おもくとも五つの罪はよもあらじ 六波羅堂へまゐる身なれば
   京都市東山区 本尊十一面観世音 開基空也上人 創建天暦五(九五一)年 第十八番へ
   二キロ
   かつらかけ地蔵というのがあって、女の人が髪の毛を切ってこの地蔵にかけておくと願い
   ごとが叶うという。
  <第十八番 六角堂頂法寺>
   わがおもふ心のうちは六つのかど ただまろかれと祈るなりけり
   京都市中京区 本尊如意輪観世音 開基聖徳太子 創建用明天皇代 第十九番へ二キロ
   華道の池の坊由来の寺である。
  <第十九番 革堂(ルビ こうどう)行願寺>
   花を見て今はのぞみも革堂の 庭の千草もさかりなるらん
   京都市中京区 本尊千手観世音 開基行円上人 創建寛弘年間(一〇〇四~一一年ごろ)
   第二十番へ一六キロ
  <第二十番 西山善峰寺>
   野をもすぎ山路にむかふ雨の空 よしみねよりも晴るる夕立
   京都市右京区 本尊千手千眼観世音 開基源算上人 創建長元年間(一〇二八~三六年ご
   ろ) 第二

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   十一番へ一八キロ
  <第二十一番 菩提山穴太寺(ルビ あなおおじ)>
   かかる世に生れあふみのあなうやと 思はでたのめとこゑひとこゑ
   京都府亀岡市穴太 本尊聖観世音 開基大伴古磨 創建慶雲年間(七〇四~七年ごろ) 
   第二十二番へ二四キロ
   本堂の中に寝釈迦の像があって、信者が持ってきた布団をかけてある。この寝釈迦をなで
   ると病気が治るというので、大勢の信者が参詣に来る。ちなみに寝釈迦とは釈迦如来のね
   はん像である。

  大阪その他の寺々(「大阪その他の寺々」は太字)

  <第二十二番 補陀落山総持寺>
   おしなべて高きいやしき総持寺の 仏の誓ひたのまぬはなし
   大阪府茨木市 本尊千手観世音 開基山蔭中納言 創建仁和年間(八八五~八年ごろ)
   第二十三番へ一〇キロ
   創立者の山蔭中納言は料理の名手として祀られている。
  <第二十三番 応頂山勝尾寺>
   おもへども罪にはのりの勝尾寺 仏をたのむ身こそやすけれ
   大阪府箕面市粟生町 本尊十一面千手観世音 開基開成皇子 創建神亀年間(七二四~二
   八年ごろ)

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   第二十四番へ一〇キロ
  <第二十四番 紫雲山中山寺>
   野をもすぎ里をも行きて中山の 寺へ詣るは後の世のため
   兵庫県宝塚市 本尊十一面観世音 開基聖徳太子 創建用明天皇元年 第二十五番へ三キ
   ロ
   近在では安産のお寺として知られているので、腹おびやお守を受けにくるという。ここに
   は詠歌堂があって詠歌のさかんな寺である。
  <第二十五番 御嶽山清水寺>
   あはれみやあまねき門のしなじなに なにをかなみのここに清水
   兵庫県加東郡辻町(#「辻」は旧字) 本尊十一面千手観世音 開基法道仙人 創建推古
   天皇代 第二十六番
   へ三二キロ
   山上にあるが、昔法道仙人が水の神さまにお願いしてから豊富な水が出るようになったと
   いう。
  <第二十六番 法華山一乗寺>
   春は花夏はたちばな秋は菊 いつも妙なる法の花山
   兵庫県加西郡北条町 本尊聖観世音 開基法道仙人 創建白雉元(六五〇)年 第二十七
   番へ二四キロ
   この寺には、四月八日に新仏のある家の家族の者が寺のサイノカワラというところへ樒を
   置いてくる風習が残っている。

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  <第二十七番 書写山円教寺>
   はるばると上れば書写の山おろし 松のひゞきもみのりなるらん
   姫路市書写 本尊如意輪観世音 開基性空上人 創建康保三(九六六)年 第二十八番へ
   一〇〇キロ
  <第二十八番 世野山成相寺>
   波の音松のひゞきも成相の風吹きわたす天の橋立
   京都府宮津市 本尊聖観世音 開基真応上人 創建慶雲年間 第二十九番へ五二キロ
  <第二十九番 青葉山松尾寺>
   そのかみはいく世へぬらんたよりをば ちとせをこゝに松の尾の寺
   京都府舞鶴市 本尊馬頭観世音 開基道公威光上人 創建元明天皇代 第三十番へ八〇キ
   ロ
   若狭富士とよばれている青葉山の中腹にあるが、昔青葉山の山麓地方ではこの山には死霊
   が上るといっていた。青葉山への登り口にある千体地蔵は死者があるごとに地蔵を一体ず
   つ持ってきたものの名残りであるという。
  <第三十番 竹生島宝厳寺>
   月も日も波間にうかぶ竹生島 船に宝を積む心地して
   滋賀県東浅井郡びわ町 本尊千手千眼観世音 開基行基 創建天平年間(七二九~四八年
   ごろ)第三十一番へ湖上二〇キロ

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  <第三十一番 金亀山長命寺>
   やちとせや柳にながきいのち寺 はこぶあゆみのかざしなるらん
   滋賀県近江八幡市 本尊千手十一面観世音 開基聖徳太子 創建推古天皇代 第三十二番
   へ一四キロ
   二月一日の護法会には、大きい蛇のわら人形を弓で射るまつりがある。この蛇は武内宿弥
   に退治された蛇であるといっている。
  <第三十二番 繖山観音正寺>
   あなたふとみちびき給へ観音寺 遠き国より運ぶあゆみを
   滋賀県蒲生郡安土町 本尊千手千眼観世音 開基聖徳太子 創建推古天皇代 第三十三番
   まで七〇キロ
  <第三十三番 谷汲山華巌寺>
   いままでは親とたのみし笈摺を ぬぎて納むる美濃の谷汲
      よろづよのねがひはここに納めおく 水は苔より出づる谷汲
   世を照らす仏のしるしありければ まだともしびも消えずありけり
   岐阜県揖斐郡谷汲村 本尊十一面観世音 開基豊然上人 創建延暦一八(七九九)年
   納めの寺である。ここを打ち終えると、東国の人は信濃の善光寺へ参ってから郷里へ帰っ
   たという。